~やまもとひろあきのお話~

「あせらず ゆっくり マイペース」

カウンセリングルーム つきのあかり

やまもとです。

 

私のお話させて頂きます。

 

1976年生まれ 東京都出身

元建設業の親父で 一人娘の父です。

 

私が小学校の2年生になったばかりの4

小雨が降り花冷えしていた日に

私の親父は脳溢血という病気で

享年35歳で突然なくなり、

お袋と兄 そして私となり

母子家庭で育ちました。

 

私の親父は、日曜日になると釣りや野球遊びなどに

連れて行ってくれたり、

ゲームウオッチやファミコンなど欲しい物を

すぐ買ってくれる 優しい面もあれば、

大酒呑み、怒ると暴力を振るうような

良くない面も兼ねそろえている親父でした。

 

私自身の学生時代は

夢は保父さんでしたが

学校に行くのが面倒くさい。

勉強は嫌いでしない。

遊んでいる方が楽しい。

などの理由で 夢を諦め

学生時代を過ごしています。

  

高校卒業し就職。

トラックの運転手やサラリーマンなど

2年間で5つくらい職替えをしました。

 

仕事を辞めて1週間程経った頃

 

特にやりたい仕事ではなかったけれども、

20歳になる年に職人の道に進みます。

 

2001年に結婚。

そして娘が産まれると同時に個人事業主になり独立。

独立といっても、3次、4次、5次、請けです。

たいしたことない独立です。

現場では職人で、気に食わないことがあると

怒鳴るし、我が儘な職人でした。

 

建設業を22年続け201811月で引退しています。

 

ひとりっ子の娘の親父でもあります。

私がしてきた子育ては亡くなった

自分の親父そのもの。

お酒は外でしか呑まない程度ですが、

他はあまり変わりません。

親バカの更に上。

でも怒るとひっぱたくなどしていました。

娘なのにまるで男の子を育てるような根性論。

 

両極端の飴と鞭

娘にはそうしないと誓っていたはずなのに

 

 

娘が幼稚園に入園してから、

幼稚園の行事ごとに率先して参加する自分と、

参加をしない孤高の考えの嫁との価値観の違いから

言い争いが始まり、

徐々にすれ違い不仲になっていきます。

 

娘が産まれ、元々子ども好きな所もあり

娘しか見えなくなってしまった私に

問題があったのもすれ違いに拍車がかかったのもあります。

 

そんな子育て 娘にとって良い環境のわけがあるはずもないです。

そして、娘は様々な要因からのストレスによって

中学1年夏休み明けから体調不良を訴え

学校に行けなくなります。

始めはただの体調不良だと思っていました。

自分の過去と重ね サボりたいからそうしていると思ったこともあります。

何日か学校を休み、そこで様子がいつもの風邪のようなものとは違うことに気づき、

内科 婦人科 そして総合病院。

血液 脳波 CT MRI 心臓など検査をしても正常。

心因性からという診断がくだり心療内科。

しかし、娘の体調は戻りません

娘自身 心療内科に行くことを意味もわからないし無駄と言う

これがきっかけで

「自分がカウンセラーになるしかない」と思い

心理学を学び始めました。

 

今まで勉強もしたことない。本を読んだことがない所からのスタート。

昼間は建設業。夜は深夜まで本を読んだりネットで勉強しました。

しかし、それらでは技術も知識も足りません

そう感じて、資格がほしいからではなく純粋に より深い技術と知識が欲しく

仕事をセーブし心理学を学びに学校に週12通い始めたのです。

 

本やネット そして心理学の学校で学び始めると、

自分が持っている性格の傾向性で

自分がしてきた子育てが

どれだけ娘を傷つけていたのか

明確になるにつれて苦しく感じました

いいかげんなことばかりしてきた過去。

どれだけの人を

傷つけて生きてきたか

自分を責めに責めまくりました

 

心理学はそういう自分を助けてもくれました。。

今の自分を認め受け入れる方法 出来事捉え方などで

なんとか自分を保つことができました。

 

ある程度、心を保つことができてから

娘と話す場を設けました。

2時間くらい話をしていたと思います。

自分がしてきた子育てで娘を傷つけてきたことや

娘がそういう性格なのかなど

初めて真面目な話をして、

全て悪かったことを涙しながら謝りました。

「本当にごめん今のお前の症状も全部 全て俺のせいだ

すると、娘はこう言いました。

「とーちゃんの言いたいことはわかったからさ、もう真面目な話はしないでよ。

いつものバカっぽい とーちゃんがいいんだよね。」って

その言葉が救いの言葉で一生忘れることのない言葉になっています。

 

 

話は変わりますが、なぜ安定していた建設業を

辞めたのかというと、

 

娘のために心理学を学び、

その間に、さまざまな事例や不登校児童者数などの

数値化されたデータを目の当たりにし、

 

自分が思っている以上の悩み苦しんでいる

子どもたち、その親たちが居ると知りました。

技術と知識もまだまだの頃でしたが、

「俺にできることがある!」と思い、

「娘を救いたい」は勿論

「子どもたちを笑顔にしたい。その親も笑顔にしたい。」という気持ちが

次第に大きくなるにつれて心が動き出し、

建設業の仲間、関係者に迷惑をかけると迷い悩みましたが、

 

心理カウンセラーを職業とすることを決め

建設業を引退。

201812月株式会社つきのあかり設立。

カウンセリングルームつきのあかりを立ち上げた次第です。

 

心理学を学び多くのことがわかりました。

今までの自分の愚かさを戒め反省し、

今の自分が出来てきています。

離婚はしましたが、娘の希望もあり

シングルファーザーしています。

 

はっきりいって、まだまだカウンセラーとしての

経験は少ないです。

 

しかし、私の良くなかった子育ての経験

良くなかった性格

自分の弱さを知った経験があるからこそ、

端的に良いことが何か どう対処したら

いいのかを理解しています。

だからこそ、カウンセリングをしている間に

あなたの中にある身近な悩みや迷いを

軽減・解決できると自負しています。

 

従来のカウンセリングとは違い

オリジナルのカウンセリング・コーチングを行っています。

もし1㎜もなにも私のカウンセリングが役立つことがない時はご返金させて頂きます。

それくらいの自信を持って対応させて頂いております。

 

これが私です。

書き記した通りの弱い部分を持っている親父です。

ただのストレートなバカ正直の親父です。

あなたと何も変わらない子どもの親です。

だから、気軽に話せることができます。

 

 

こんな自分ですが

よろしければお付き合いください。

よろしくお願いします😌

 私が180度 変われたように あなたも変われます😊

PS

娘は中学1年の夏で早期卒業みたいな感じでしたが、高校へ進学し

自律神経の体調不良はまだありますが、マイペース登校しています😁

 

 

 

最後に

 

思考が変わると心が変わる。

心が変わると行動が変わる。

行動が変わると人生が変わる。

 

私なりのロジックです。

 

心理学専門用語ばかり並べられても理解しづらいので 誰にでも分かるようにお話させて頂きます。

 

「私はあなたの味方です」

 

一緒に考え問題を乗り越え 

一緒に笑顔になりませんか(^^)